にゃんちゃんの夏休み

就職活動をやめた大学四年生が夏休みを生産的に過ごすための日記

変わるには

悔しい気持ちとか怒りとか、感情から何かしらの行動に走っても、感情は時間とともに薄れていくものだから行動し続けることはできない。

だから、感情からなにか行動を起こすときは、感情が薄れいってもそれを続けざるを得ないような状況を作るという行動をするといい。

絶えず変わりたいと思っているのに行動を起こすのはこわいし面倒なものだから、工夫が必要。

一念発起して作品を作り上げるシーンが創作の世界でよくあるが、自分は一念発起しても理由をつけてやめてしまうので、一念発起したらまずは、やめられないような、あるいはやめる方が面倒って状況を作るべき。

今の自分はそういう状況を作れてないのでちょっとまずい。いまのところ続いているけど。

職業選択、「やりたいこと」より「できるようになりたいこと」で考えたほうがいい説

『多動力』と『「やりたい仕事」病』という一見正反対に思えた二冊を読んで気づけたことがある。
「多動力」で言われていたことはポジショントークみたいなところがあって、堀江氏がああいう生き方をできて次々新しい分野に挑戦できるのは既に好循環に乗っているから。好循環に乗れていないし資本力もない自分があれをやりたいと思うなら、まず一つの分野で収入を得て生活を維持しながら空いた時間でやりたいことをやるということをしないと始まらないと思った。その職が専門的なスキルを習得できるような職だと尚更良い。また、自分の場合、「多動力」のような本を読んだりNews Picksで落合陽一氏等の話を聞いたりすると鵜呑みにしてしまうところがあって、よーしやるぞとなった後うまくいかなかったり楽しくなかったり、想像してたより面倒くさいことに直面するたびに、「できるようになりたかったけど、これは自分に向いていないことなのでは」とか「適性がなさそうだからやめたほうがいいんじゃないか」みたいな思考に陥ってしまうことが多い。そうすると、次のなにかに挑戦しようってときもその失敗体験が頭をよぎるようになってしまう。「まただ、、、俺はなにやってもうまくいかないのでは」ってなって凹む。元から低い自己肯定感がさらに下がる。失敗がこわくなって新しいことに挑戦できなくなる。完全に悪循環である。
それこそ落合陽一氏が言っていたように、「今回もまたやりきれなかったなと思いながら、次はこうしてやると決意することの繰り返しで、人間は成長する」のであって、「適性」とか「天職」とか、「食える趣味」みたいなものが自分に存在しているって考えをまず捨てることからはじめようと思った。適性は自分の中に在るものではなくて、身につけるものだと思う。
だって、今までいろんなことをできるようになってきたけど、最初からうまくできたものなんて何一つないから。
いま、自分の中で得意だと思っていることは全部、最初からできたわけじゃなかった。サッカー選手として武器にしていた左足のキックも、TOEICも、文学も映画も、できないことだらけでしんどい、面倒くさいけど、できるようになりたいから続けてたらできるようになったものばかりだ。
これからさきも、きっとそうだ。やりたいことだったものは、はじめてみると最初のうち、できないことだらけで、やりたいことじゃなくなる。でも、それでもできるようになりたいことではあったら、頑張って続けたほうがいい。
自分の場合は、そうだ。

大学生活は楽しかったし、いろんな人と様々な形で関わって、そこそこいろんなことにチャレンジできたと思う。けど、就職したら人や趣味とのそういう関わり方ではなく、自分の仕事にとことん取り組んで、趣味にも全力で取り組むメリハリのある日々が送りたい。だから、できるようになりたいことの中で最も職業として成立する見込みの高い、プログラマーになりたい。

 

翌深夜二時頃 追記

そうと決めて数時間プログラマーになる方法を調べていたところ、自分の年齢でプログラミングスクールに通ってしっかり勉強をすれば年収や将来性の見込みはかなり高いということがわかった。少しは貯金もある。

意味を感じれる勉強にしっかり取り組むことには自信がある。(学歴が特段良いわけではないが)

始めてもないうちからプログラマーになった輝かしい未来を思い描いてワクワク、というか有頂天になってウキウキしていたのだが、ある疑問が浮かんで眠れなくなった。

数時間前の自分は年収なんか気にせずできるようになりたいことをやろうと腹を括っていたのに、プログラマーの待遇が良いとわかった途端のこの有頂天ぶりはなんなのか。このままでは、お金をいっぱいもらったら人生の目的や意義を見失ってしまうのではないか。

そして寝れなくなってストロングゼロを飲みながら音楽を聴いていると、AKB48が聴きたくなったので聴いてみる。

順当な流れで、初恋の人を思い出した。実をいうと、まだ彼女は記憶の中で思い出になりきっていないというか、いまだにどうしてるのか気になっていたりするのである。きもいけど。

そういう執着がある限りは前に進むための力になってくれるかもとか思った。そういう動機は諸刃の剣というか、普通にこわいしきもいけど。

時間があればやれるのか

土日はバイトして友達や社会人の先輩と酒を飲んで麻雀をした。

やっぱり自分の中で憧れている先輩に追いつきたいとかって気持ちは原動力としてあるよなあと思っていて、理想の自分に少しでも近づくために最も必要なのは危機感と刺激。

夏休みを理想の自分に近づくためにフルで使おうと思っているから何の予定も入れていないけれど、実家住みで週7日全部自由に使える状態の夏休み50日間というのは体感的にまだまだいくらでも時間があるように感じてしまって危機感が薄れてしまうかもしれない。だから、行動的になるよう自分を奮い立たせ続けなければいけない。危機感とかモチベーションとかっていうのは熱なので放っておくと冷めるし、経験上、自分の場合は冷めないように努めても冷めることを防ぐことができない。だから、外的環境を使って自分に危機感を与え続けないといけない。

その意味で、家の近くでやっている、続けるか迷っているクソバイトを夏休みも週に丸二日続ければ「こんなとこでなにやってんの俺」って気持ちにクソほどなれるので危機感を継続的にもてると思う。週二日を削って残りの五日の質を最大限に高められる。

高3のとき、受験と部活どっちを取るか本当に悩んで、秋から部活を損切りする形にした。トップチームの試合に出れる可能性はほとんどなかったから。思考停止して部活を続けたり、ただ「やり遂げた」という肯定感を得るために続けるよりは良い判断だったと思うし、英断だった。

だけど、部活をやめて物理的な時間が増えたところで結局勉強の質は高まらなかった。堕落したわけではなかったけど、メリハリがなかったのは事実だ。

同じ轍は踏まない。自分の性質を考えた上で合理的判断をしろ。

思っていること

なりたい職業とか、これが好きな気持ちは誰にも負けないみたいなものはないけど、なりたい自分像はわりと明確だし、そこそこやってみたいこととかそこそこ好きなものならいっぱいあって、どんな話題を振られてもだいたい話を合わせられると思う。

今まで決断を迫られないと頑張れなかったけど、生きているだけでどんどん老いていくわけだからやりたいことは今すぐやるべきだ。あれこれ考えて実行に移さないでいると絶対に未練が残る。やりたいことは考えなしにやり始めるバカになれ。

頑張れれば自分を好きになって、好きなものや人も増えて、そしたら行動的になって人生はより楽しくなる。

あんな感じになるんだろうなと思いながら意思決定をして、なんとなく行動する予定調和の人生は過ごしたくない。

と、大志を抱くのもいいけど生きるためにお金を稼ごうね。